■喜多窯 霞仙/瀬戸市
「この裏山の土がある限り、瀬戸赤津焼を創り続けます」と日本六古窯の一つ尾張瀬戸”赤津”で創業三百五十有余年、十二代続く伝統を誇る、喜多窯の十二代当主加藤裕重氏は語る。
日本六古窯の一つとして、千三百年の歴史を誇る、やきものの町”瀬戸”。その北東部に位置する赤津地区は、江戸時代、尾張徳川家の御用窯が置かれた地として知られ、茶の湯の器から生活全般の焼き物を、恵まれた素材と受継がれた技術で作り続けている。昭和五十二年に日本の伝統的工芸品に指定された赤津焼は、瀬戸の焼き物の中でも特に高級な器として著名な存在です。
喜多窯は今から約三百五十年前の明暦年間に家祖加藤彦九郎により開かれ、現在の当主加藤裕重は十二代にあたり、裏山から採れる良質な陶土と自家製の釉薬を今も使い、一つ一つ手仕事で製作している。また、今日では広く伝統工芸赤津焼の理解を深めて頂くため、一日陶芸体験も行い、多くの方にその伝統を伝えている。
当主は言う、焼き物は日本を代表する文化の一つであると、日本中で陶磁器のことを”せともの”と呼ぶように、恵まれた自然や風土、受継がれた技術によって培われた瀬戸・赤津焼は、時代を超えて世界に誇れる焼き物であり続けなければならないと、そして先人から学んだ技術を元に、時代に合った新しい作品を創作し続けている。
そんな伝統の技を現代に伝えるために、今回サムライ日本プロジェクトに参加し「尾張国サムロック瀬戸赤津焼」を発売する。